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2017年8月3日中部経済新聞

2017年9月20日中日新聞

2016年12月23日中部経済新聞

2014年10月2日中部経済新聞

2009年2月4日朝日新聞

2009年2月3日

昭和23年(1948年)2月26日 北勢民報

燦たり矣三重の光 昭和15年(1940年)刊行(鯉江長三編)
この他
大桑名に輝く人々 昭和13年(1938年)刊行(北勢通信社)
事業と人物 昭和3年(1928年)刊行(田中辰三郎著)など多数
辻内善平の紹介記事があります。


陸軍一〇〇式司令部偵察機
1939年(昭和14年)に初飛行、1941年(昭和16年)から1945年(昭和20年)に至るまで帝国陸軍の主力戦略偵察機として使用されました。最大速度600K/h
高度6000m そのスタイルの美しさから第二次大戦で活躍した軍用機のうちで最も美しい機体の一つとされていました。この偵察機に使用される特殊器具を製作していました。
https://www.youtube.com/watch?v=09aoOMHcVSc

三式十二糎高射砲
太平洋戦争中の1943年(昭和18年)に制式化された日本陸軍の高射砲。量産された高射砲の中で、一万m以上の高高度を飛ぶB-29に対抗できた数少ない高射砲である。約140門が生産された。正式には 対空高射機関砲の台座・回転部分で 当時の桑名中学の3年生が学徒動員(60名)で昭和19年5月から昭和20年5月までお手伝いして製作していました。
当時 桑名中の学生の他に名古屋帝国大学(現名古屋大学)の勤労学生も辻内に勤務していました。

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